判例 割増賃金の不払いは役員の過失 (2010年3月号より抜粋)  
   

 

 
 

割り増し賃金の不払いが損害賠償の対象に 

裁判所で「白黒がつけば」、通常はそれてゲームセットです。しかし、本事件では、会社側が割増賃金の支払いをめぐって敗訴したにもかかわらず、社長が支払いに応しませんでした。従業員たちは「役員等の損害賠償責任」を追及する戦術をとり、裁判所は「社長および取締役に重過失(任務懈怠)があった」と認定しました。

S観光事件 大阪地方裁判所(平21.1.15判決)


裁判所は話し合いで解決できない問題を決着させる場ですから、判決には法的な拘束力があります。しかし、世の中には、「裁判官の判断が誤っている。だから、自分に従う義務はない」などと言い出す経営者もいます。社内の人間が誰もその暴走を止めないとき、結末はどうなるのでしょうか。本事件は、社長の責任を直接問うた興味深い例です。

元になった裁判(大阪地判平18.10.6)は、割増賃金の支払いをめぐるものです。従業員側が時間外割増賃金の支払いを求めて提訴し、会社側は職務手当に含まれていると主張しました。結果は会社敗訴でしたが、会社は支払いを拒み続けました。

強制執行を求めるのも可能でしょうが、従業員側は社長と取締役を相手取って損害賠償を請求するという戦術を採りました。今回の事件は、会社(使用者)が従業員に対して負っている義務と、役員が会社に対して負っている義務と2つの観点から考える必要があります。

第1の裁判では、「会社が従業員に対して、割増賃金を支払う義務があるのか」という点が問題になりました。第2の裁判(本裁判、大阪地判平21.1、15)では、「支払うべき割増賃金があるのに、社長(および取締役)が支払い手続きを怠っているのは、会社に対する背信行為(義務違反)ではないか」という点が争われました。

会社法第429条(旧商法第266条の3)では、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、役員等はこれによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。従業員たちは、自分たち(会社と役員以外の第三者に該当)が割増賃金を受け取れなかったのは役員の過失によるものだから、第三者として損害賠償を受ける権利があると主張しました。

裁判所は、「割増賃金の支払いは使用者の被用者に対する基本的な法的義務であり(労働基準法第37条)、株式会社の取締役及び監査役は会社に対する善管注意義務ないし忠実義務として、会社に対して割増賃金を支払わせる義務を負っている」と述べました。ですから、社長については「割増賃金を支払わなかったことについて任務懈怠が認められる」、それ以外の取締役についても「時間外手当請求のあったことを知りながら、何らの対応を採らず、これを放置したという重過失がある」と判断されました。

賃金の未払い状態を是正しないでいると、役員は会社法上の責任を追及されるおそれもあると肝に銘ずべきでしょう。

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