判例 ダブルワークと労災の保険給付 (2016年2月号より抜粋)  
   

 

 
 

通算規定は存在しない 1社のみが補償責任を負う

最近は、ダブルワークに従事する労働者も少なくありません。業務上災害で死傷すれば、2つの仕事から得る収入を同時に失います。この場合、労災保険給付は2社分の賃金を基に計算するのでしょうか。本事件は1人が同一施設内で2社に雇用されていた事案ですが、裁判所は災害発生会社分の賃金のみを基準とすると判示しました。

Y労基署長事件 大阪地方裁判所(平26・9・24判決)


ダブルワークの一例として、たとえば、昼勤を終え、5時退社後、コンビニの夜勤で働く等のパターンが考えられます。この場合、本業の会社と兼業の会社は何ら関係がありません。業務内容もまったく別です。

本事件は、本業と兼業がみかけ上、密接な関係がある点に特色があります。Aさんは、プールの設備管理を行うB社に雇用され、プールの温度を管理する等の業務を担当していました。ところが、Aさんは、B社の業務終了後、C社との雇用契約に基づき、プールの更衣施設の清掃作業にも従事していました。

そうした中で、事件が起きました。ある朝、施設内トイレ付近でウエットスーツを3枚重ね着した状態で倒れていたのです。駆けつけた救急隊により、死亡が確認されました。

細かな経緯の不明な怪死事件ですが、遺族の請求を受け、労基署は遺族補償給付等の支給を認めました。しかし、給付のベースとなる給付基礎日額の計算で、トラブルが発生しました。

労基署は、B社の賃金のみを使用して給付基礎日額を算定しました。ダブルワーク従事者の補償に関しては、以前、厚生労働省労働政策審議会で通算の可否について検討が行われましたが、結論は先送りとされた経緯があります。

つまり、現行法上、2事業場を通算する規定は存在しないので、労基署は「淡々と」1事業場のみの賃金を用いて給付基礎日額を算定したわけです。

しかし、遺族の方は、「それでは生活の補償にならず、労働者の保護をうたう労災保険法の趣旨に反する」と反論し、裁判に発展しました。遺族の言い分も、一概に否定しきれない点もあります。

たとえば、過重労働でお亡くなりになったとすれば、2社分の疲労が積み重なった結果ですから、2社分の補償が当然という考え方も成り立ちそうです。

その辺も踏まえ、判決文では、「当該事業場と別の事業場が実質的に同一の事業体であると評価できるような特段の事情がある場合を除き」という条件をつけたうえで、遺族の主張を退けました。

判決文では、「労基法に基づく事業者の補償責任が危険責任の法理に基づく無過失責任であることからすれば、複数の事業者の共同の災害補償責任を認めるためには明文の規定を設けることが必要と解される」と述べています。

しかし、明文の規定は存在しないので、通算は無理というのが結論です。もちろん、法改正が実施されれば、また話は別です。

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