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第四銀行事件

(最高裁平成9年2月28日第二小法廷判決)

 

就業規則の変更の合理性の有無は、具体的には、労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきであるとした。

 

【事案の概要】

 

Xは、昭和28年4月にY銀行に入行し、平成元年11月4日をもって60歳達齢により定年退職したが、Y銀行とY銀行労働組合との間では、昭和58年3月30日に、定年を55歳から60歳に延長するかわりに給与等の減額、特別融資制度の新設等を内容とする労働協約を締結していたため、Xの55歳以後の年間賃金は54歳時の6割台に減額となり、従来の55歳から58歳までの賃金総額が新定年制の下での55歳から60歳までの賃金総額と同程度となった。

 

【判決の要旨】

 

1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

 

2 これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかんがみれば、勤務に耐える健康状態にある男子行員において、58歳までの定年後在職をすることができることは確実であり、その間54歳時の賃金水準等を下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的ということができる。そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、既得の権利を消滅、減少させるというものではないものの、その結果として、右のような合理的な期待に反して、55歳以降の年間賃金が54歳時のそれの63ないし67パーセントとなり、定年後在職制度の下で58歳まで勤務して得られると期待することができた賃金等の額を60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものというべきである。そして、その実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重要な労働条件に関するものであるから、本件就業規則の変更は、これを受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。

 

3 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。

 

(本件就業規則の変更によるXの不利益はかなり大きなものであること、Yにおいて、定年延長の高度の必要性があったこと、定年延長に伴う人件費の増大等を抑える経営上の必要から、従前の定年である55歳以降の賃金水準等を変更する必要性も高度なものであったこと、円滑な定年延長の導入の必要等から、従前の定年である55歳以降の労働条件のみを修正したこともやむを得ないこと、従前の55歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえないこと、変更後の55歳以降の労働条件の内容は、多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であること、変更後の賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較して、かなり高いこと、定年が延長されたことは、女子行員や健康上支障のある男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であること、健康上支障のない男子行員にとっても、60歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決して小さいものではないこと、福利厚生制度の適用延長や拡充等の措置が採られていること、就業規則の変更は、行員の約90パーセントで組織されている組合との合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであること、変更の内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを認定した上で、)

 

(以上について)考え合わせると、Yにおいて就業規則による一体的な変更を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる。(中略)

 

したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、Xに対しても効力を生ずるものというべきである。